同じ文章を3回読み返しても頭に入ってこない。会話の途中で相手が何を言ったかわからなくなる。パソコン画面を見たまま、数秒何も考えられなくなる——。
「集中力がなくて情けない」「自分はやる気が足りないんだ」と思いがちですが、それは少し違うかもしれません。
2025年、MITの研究グループがNature Neuroscienceに発表した研究が、こうした「ぼんやり感」の背景に迫るヒントを与えてくれています。睡眠不足のとき、疲れた脳では睡眠中にみられる生理学的な変化の一部が、覚醒中にも現れる可能性があるというのです。
もしかするとそれは、「やる気の問題」ではなく、疲れた脳が発しているサインなのかもしれません。
この記事では、その研究をもとに「脳が一瞬止まる」感覚が起きるしくみと、現代人の生活との関係を整理します。
「脳が一瞬寝る」とはどういうこと?
“部分的に眠る”現象への注目
まず、ここでいう「脳が一瞬寝る」は、意識を失ったり、居眠りしたりするわけではありません。あくまで比喩的な表現として使っています。正確には、注意力が数秒間途切れ、脳が睡眠時に近い状態をとる瞬間のことです。
Yang ら(2025)の研究では、26名の参加者を「十分に寝た状態」と「一晩睡眠をとらなかった状態」のそれぞれでfMRIとEEGを使って脳を計測しながら、注意力を問う課題(画面上の変化やビープ音への反応)を行いました。
その結果、睡眠不足の状態で注意が途切れた瞬間に、脳内でひとつの特徴的な変化が確認されました。
眠っていないのに、睡眠中のプロセスが起きる
その変化とは、脳脊髄液(cerebrospinal fluid; CSF)が脳から外へ流れ出す現象です。
脳脊髄液は、脳や脊髄のまわりを循環している液体です。近年、この液体の流れが脳内の老廃物の除去と関連している可能性が研究されています。通常はこの「洗浄プロセス」は眠っている間に起きます。ところが睡眠不足の状態では、起きているあいだにもこの流れが発生することが確認されたのです。
研究チームのYang氏はこう説明しています。「睡眠が必要な状態のとき、脳はできる限り睡眠に近い状態に入ろうとする。脳の液体システムが、高い注意状態と高い液体流動状態とを行き来させることで、機能を回復しようとしているのかもしれない」と。
つまり、「ぼんやりする瞬間」は単なる気の緩みではなく、睡眠不足によって疲れた脳で、睡眠中にみられる生理学的な変化の一部が現れている可能性があるのです。
意識を失うわけではない
ここは誤解されやすいので補足しておきます。
今回の研究が示した現象は、俗に言う「マイクロスリープ(瞬間的な居眠り)」とは区別されます。意識が完全に途絶えるわけではなく、数秒間の注意力の途切れとして現れます。
「眠気というほどではないのに集中できない」「ぼーっとはしていないつもりなのに頭に入ってこない」——そういった感覚に近いかもしれません。
なぜ疲れると「ぼんやり」するの?
睡眠中に脳がしていること
「寝ないと頭が働かない」とはよく言いますが、それには理由があります。
睡眠中、脳は単に「休んでいる」わけではありません。記憶の整理や定着、神経回路の調整など、起きている間には行いにくいさまざまな働きが行われています。睡眠は「ダウンタイム」ではなく、「積極的な修復時間」といえます。
これが不足すると、脳に老廃物が蓄積したまま次の日を迎えることになり、認知機能が落ちやすくなると考えられています。
「脳脊髄液」と注意力の関係
前述の研究でとくに注目されたのは、この脳脊髄液の流れと注意力の低下がセットで起きているという点です。
研究によれば、注意が途切れる約12秒前から瞳孔が収縮し始め、その後に脳脊髄液が外向きに流れ出す、という一連の流れが確認されています。そして注意力が回復すると、脳脊髄液は戻ってくる。
MITのLewis教授はこう表現しています。「注意が途切れる瞬間に、この液体が脳の外へ押し出されている。注意が回復すると、引き戻される」と。
さらに研究チームは、心拍数や呼吸数も同時に低下することを確認しています。これは、脳だけでなく体全体の覚醒レベルが一時的に低下している可能性を示唆していると考えられています。
「気合いが足りない」では説明できない
疲れた脳では、判断力・注意力・自己制御力が落ちやすいことは、複数の研究で示されています。
睡眠不足が集中力や作業効率に与える影響についての記事でもくわしく解説していますが、睡眠が不足した状態では「もっと集中しなきゃ」という意識だけでは補いきれない変化が脳内に起きています。
「やる気があればできるはず」ではなく、「脳のコンディションがそもそも変わっている」という理解が、自分を責めすぎないためにも大切かもしれません。
睡眠不足で起きやすい「ぼんやり感」のあるある
研究の話をしてきましたが、実際の日常生活ではどんな形で現れるのでしょうか。
同じ文章を何度も読み返してしまう
メールや資料を読んでいるのに、気づくと同じ段落をまた読み直している——これは注意の途切れによって情報が処理されていない状態です。「読めているつもりで読めていない」瞬間が繰り返されている可能性があります。
会話が一瞬頭に入ってこない
相手が話しているのに、数秒間の空白が生まれる。「え、今なんて言いましたっけ?」と聞き返す回数が増える——これも同様に、注意力が一時的に途切れているサインかもしれません。
作業ミスが増える
「いつもならしないミスをした」「確認したはずなのに間違っていた」——注意力の低下は、こうした「うっかり」の形で現れやすいとされています。睡眠不足の日のミスを単純な不注意で片付けるのは、少し乱暴かもしれません。
「何しようとしてたっけ?」が増える
別の部屋に移動した途端、何をしに来たかわからなくなる。パソコンを開いたのに、何をするつもりだったか思い出せない——これもワーキングメモリ(作業記憶)の機能低下として説明できることがあります。疲れた脳では、短期的な情報を保持する力が落ちやすいとされています。
現代人は「脳が休みにくい」
スマホ・通知・情報量の問題
こうした「脳のぼんやり感」が生じやすい背景として、現代の情報環境も見逃せません。
スマートフォンへの通知、SNSのフィード、動画コンテンツ……脳は起きている間じゅう、絶え間なく新しい情報を処理し続けています。意識的に集中しているわけでなくても、何気なくスマホを眺めるだけで脳はかなりの処理を行っているとされています。
結果として、脳が「十分に休んだ」と感じられないまま翌朝を迎えやすい状況が生まれています。
疲れているのに休めないループ
しんどいのに深夜までスマホを手放せない、疲れているのに眠れない——そうした状態には、「今日唯一の自分の時間を手放したくない」という心理が絡んでいることもあります。
これは報復性夜更かしとも呼ばれ、睡眠不足→疲労蓄積→さらに夜更かし、というループにはまりやすいパターンです。
「疲れているからこそ、ちゃんと寝られない」という状態は、気合いで解決しようとしても難しいことがあります。
今日からできること
「集中力がない自分」を責めすぎない
ぼんやりする、集中できない——それは脳のコンディションの問題であることが多く、意志や性格の問題ではありません。
今回紹介した研究は、「睡眠不足の脳は構造的に変化している」ことを示しています。「もっと頑張れば集中できるはず」と追い込むより、脳に何が起きているかを知ることの方が、ずっと大切かもしれません。
睡眠時間だけでなく”リズム”を意識する
睡眠の量を確保することは大切ですが、それだけが答えではありません。就寝・起床の時間を一定に保つことで、脳と体が「このリズムで休む」という予測を立てやすくなり、より深く回復しやすくなります。
睡眠リズムについてはこちらの記事(社会的時差ぼけの記事)や長く寝ても起きられない理由の記事もあわせて参考にしてみてください。
疲れ切る前に休む
「疲れたら休む」ではなく、「疲れが溜まる前に意識的に休む」方が、脳の回復には効果的なことが多いとされています。昼休みに少し目を閉じる、短い休憩を意図的にとるといった工夫も、脳への負荷を分散させるひとつの方法です。
20〜30分以内の短い仮眠(ナップ)は、睡眠慣性を避けながら疲労を回復しやすいとされています。詳しくは睡眠慣性の記事でも触れています。
スマホ時間を「少しだけ」減らしてみる
「スマホをやめる」は現実的ではありませんが、「寝る30分前だけ画面を置く」くらいなら試しやすいかもしれません。
脳が休息に入るには、情報量と刺激を減らす時間がある程度必要です。完璧にやめる必要はなく、少しだけ「脳を切り離す時間」を作ることが、翌日のぼんやり感を和らげるきっかけになるかもしれません。カフェインとの上手な付き合い方についてはこちらもどうぞ。
まとめ|”もっと頑張る”より”脳を休ませる”
「ぼんやりする」「集中できない」という感覚は、単なる気合いや根性の問題ではなく、疲労や睡眠不足によって起きている脳の変化と関係している可能性があります。
2025年のMITの研究は、睡眠が足りていないとき、睡眠中にみられる生理学的な変化の一部が覚醒中にも現れる可能性を示しました。そしてそのタイミングで、注意力の低下や「ぼんやり感」といった変化が現れる可能性があります。
- 注意が一瞬途切れるのは脳が睡眠中のメンテナンスを行おうとしているサインかもしれない
- 脳脊髄液の流れ・瞳孔・心拍数なども連動しており、体全体で起きている現象
- 睡眠不足では構造的に認知機能が低下しており、意志の力だけでは補いにくい
- ぼんやりを減らすには、「頑張ること」より「脳を休ませること」が先
「ぼんやりしてしまう自分」を責めるより、それを「脳からのメッセージ」として受け取ることができれば、少しだけ楽になれるかもしれません。
参考文献
- Yang, Z., et al. (2025). Attentional failures after sleep deprivation are locked to joint neurovascular, pupil and cerebrospinal fluid flow dynamics. Nature Neuroscience. https://doi.org/10.1038/s41593-025-02098-8
- MIT News (2025). This is your brain without sleep. https://news.mit.edu/2025/your-brain-without-sleep-1029
- Hilditch, C. J., & McHill, A. W. (2019). Sleep inertia: current insights. Nature and Science of Sleep, 11, 155–165. https://doi.org/10.2147/NSS.S188911
- McHill, A. W., et al. (2019). Chronic sleep restriction greatly magnifies performance decrements immediately after awakening. Sleep, 42. https://doi.org/10.1093/sleep/zsz032
